夢見月

春の嵐で始まった弥生三月

強い南風は冬の寒さを連れ去るように

季節の空気を一気に入れ替えました


嵐の過ぎ去った静かな夜空には

美しい満月が

微笑むように浮かんでいて

時を忘れて見上げていると

心も静かに凪いでいくのを感じました


旧暦三月を弥生と呼ぶのは

『木草弥や生い月』

草木がいよいよ生い茂る月という言葉に

由来すると言われています


花月・嘉月・花見月・桜月


春を想わせる美しい呼び名を

多く持つこの月

中でも『夢見月』

その優しい言の葉の響きが

わたしは昔から大好きです


どの季節の始まりにも

特有の薫りや気配があり

霞のかかったような春の空気には

太陽や土のあたたかく湿った薫り

生れたばかりの花や草木の

独特の薫りがある気がします


あらゆる生き物たちが眠りから目覚め

小さな生命が生れるときの

大切な何かに包まれているような気配

それは私たちにも

生きる力を授けてくれるように感じます



例年よりも

ひと月ほど遅れた梅の開花も

蕾が開きだすと

七分咲きまではほんの数日で

毎年訪れる道明寺天満宮へと

今年もいそいそと足を運びました


足元には野の花たちも

可愛い小さな蕾をほころばせ始めていて

その姿を見つけると

しゃがみ込んで見入ってしまい

あっという間に時間が過ぎて行きました



花に会いに行く季節は

まるで愛しい人の元へと向かうような

心躍る気持になって

その想いには理由などなくて


いつのまにか忘れ去っていた

ひたむきな心を

ふと蘇らせてくれる


大人になった今だからこそ

切ないほどのまっすぐな想いに

正直になれる時間の大切さを感じるこの頃



年を重ねるということは

ただ覆い隠していくだけではなく

纏ってきた不必要なものを

手放した後に残った

子供のように無垢で純粋な心に

向き合える時でもあるのかもしれない


無防備なほど素直に

そう受け容れることができるのも

厳しい寒さを越えた

春という季節だからでしょうか


『夢見月』

夢のように咲く花の季節

心にたくさんの美しい景色を

描くことができる春となりますように