紡ぐ想い

今年二度目の

満月の朝を迎えています


十数年に一度といわれる

厳しい寒さが続くこの冬


私の住む街でも

雪の舞う日が例年よりはるかに多く

その景色もいつの間にか

見慣れたものになりつつあります


年明けから

暮らしの流れが少し変わり

この場所に向き合う時間もままならず

気が付けば

1月も終わろうとしています


いつも通る道に

水仙や蝋梅が咲きはじめ

冷たい空気の中にも

時折 春の気配が見え隠れしていることに

気付いたのは

つい最近のこと


見上げる空の色や光

風の薫りが

少しずつ変わり始めていることに

張りつめていた心が

ふわりとほどけたような気がしました


時の流れはすべて繋がっていて

速度はけして変わることはないのだけれど


『日常』という細い糸を

その上で紡ぎながら

私たちは生きていて


時折その糸を見失ったり

絡んだり切れかけたものを

解いたり結びなおしたり


時には手繰り寄せて

季節の草花の色に染めてみたりしながら

時の流れを

速くも遅くも感じているのかもしれません


眠れない夜に

ふと手に取った1冊の本

それは物語ではなく

経典を詩に読み解いたようなもので


言葉の羅列を目で追うだけなのに

不思議と心が休まるのを感じました


そこにある意味を

無理に考える必要もなく

静かな音楽のように

ただ流れる美しい言の葉の響きに

心が穏やかに凪いでいく


それは

慌ただしく過ぎていく日常のなかで

ふと立ち止まって

風や空 草花に

季節の移ろいを感じることに

とても似ている気がしたのです


日々にどんな変化が起ころうと

それは時の中で紡ぐ

糸の上での出来事でしかなくて

時は変わらず刻まれて


ただ静かに淡々と流れる季節に

身を任せるだけで

癒されていく


そんなこともきっと

少なくはないのかも知れません


言葉に頼りすぎることなく

言葉そのものの意味ばかりを

追いかけるのでもなく


言葉に自分の想い込みを刷り込んで

人に押し付けたりもせず


その向こう側にある

ささやかで

大切なものに

気付ける心を見失いたくないと思います


皆既月食の満月

美しい時間となりますように


*  *  *


『香偈』

願我身浄如香炉

願我心如智慧火

念念梵焼戒定香

供養十方三世仏



願わくば

わが身は香炉のように清らかに

心は仏の智慧の火のように

心を込めて

身を戒めて

香をたき

いつでもどこでもあらわれてくださる

仏のためにこれを


~浄土宗『香偈』・伊藤比呂美 意訳~




空と雲と月に祈りを捧げた朝

虹の橋を渡ったちいさな命に届きますよう

どうか安らかに・・・*